元号が変わる(5)


昨今の皇族バッシング、その中での秋篠宮家へのものは、首相官邸が主導し
ているとの記事や書き込みがある。根拠は示されていないが、状況証拠から
さもありなんという書き方がされている。不思議なのは、高支持率のはずの
総理シンパたちから反論がほとんどないということだ。まあ直接責められて
いるわけでなし、相手にしないということかもしれないが。

真偽が定かでないその件はひとまずおいて、バッシングの記事や書き込みに
必ずと言っていいほど書かれているのが「皇族に(国民と同じ)人権はない」
「滅私奉公すべし」である。そして、おそらくはバッシングしている諸氏も
多少はやっているであろうわずかな落ち度を徹底して糾弾していることだ。
さらにいうと、そういった人たちはほとんど口をそろえて「皇室は日本が誇
る伝統」「皇統は断じて守り抜くべき」と述べている。

彼らはわかっているのだろうか。
皇族たちは、いくらでも替えのきく存在ではないということを。そして、わ
れわれ国民が、命じて言うとおりにさせられる存在でもないということを。

今上夫妻がダメ、東宮家がダメ、皇嗣家もダメというならどうしたらいい?
将来が期待できそうな悠仁親王が最終的には継ぐから良い?眞子内親王も、
あの年齢の頃は誰もが賛美していたのだけど。

旧皇族からの復帰?週刊現代の記事が確かなら、旧皇族11宮家で二十代以
下の男子は6名いるのだそうだが、一般国民と同じ自由と人権を味わってし
まった人たちが、今さらそれを捨てられるだろうか。滅私奉公を強いられ、
国民が注視する中、わずかなミスでもしようものなら容赦なくバッシングさ
れる過酷な状況に、進んで身をおこうという奇特な人が、はたしてどれだけ
いることか。

天皇制をこれからも続けていくというなら、われわれ国民の、皇族に対する
見方や期待の持ち方を大きく考えなおす必要があるのではないかと私は思う
のである。

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