元号が変わる(3)

あいかわらず新元号には賛否両論かまびすしい。
どちらの意見もそれなりに正しく、また人に押し付ける論調のものはど
ちらも間違っている。

「令和の令は、命令を喚起させるのでよくない」

これはごく普通に、当然出てきてもおかしくない意見だ。

「令和の令は、命令の令を意味していない」

これもまた、原典の万葉集にたちかえれば、正しいことがわかる。

私は元号を廃止してもよいと考える人間なので、擁護派より批判派に肩
入れしてしまうところはあるが、現行法では元号を定めなくてはならな
いこと、元号の制度を支持する人たちがこの国の多数派であることは認
識しているので、当たり前だが元号を使わざるを得ない場面では使うつ
もりだ。

そんな私だから、たとえ批判派でも「(昭和や平成はいいが)令和はよ
くない」という人がいたら反発を感じる。およそことばというものはい
ろいろな意味を持っているのだから、○○でも△△でも探せばネガティ
ブな部分が見つかるし、文句のつけようのないことばなんてまずないだ
ろう。
私が擁護派の意見にどうしても賛成できないのは、立場が変われば意見
も変わることが容易に想像されるからだ。もしも、左翼が政権をとって
いて天皇が代替わりした時、左翼系の有識者を集めて「令和」を選んだ
ら、今度は保守派論客が「令和の令は命令の令だ」と言い出すに決まっ
ているからだ。間違っても「左翼連中にしては良いことばを選んだな」
と言う人はいないだろう。


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